オンラインセミナー:森と山の科学#9「林木育種が持つ可能性と静岡県における成果」
オンラインセミナー森と山の科学#9「林木育種が持つ可能性と静岡県における成果」が開催されました。以下に実施報告書を掲載します。
2024年2月7日に開催しました夜間オンラインセミナーに多数のお申し込みとご参加をいただきましたこと、感謝申し上げます。今回のセミナーでは、静岡県農林技術研究所森林・林業研究センター、森林資源利用科長の袴田哲司氏をゲストにお迎えし、林木育種をテーマに話題提供をさせていただきました。以下、当日の講演内容について振り返り、報告させていただきます。
本セミナーでは、まず、花岡から林木育種の概要と歴史について説明させていただきました。樹木の「形質」には、花粉生産のあり・なしのような質的形質、成長特性や葉の生物季節(フェノロジー)特性のような量的形質など、様々な遺伝形質があり、樹木資源の利用価値とも結びついていること紹介しました。また、林業種苗法において種苗配布区域が規定されていることからもわかるように、各種の遺伝形質の(地域的な)変異が環境適応性に対しても重要な意味を持ち得ること等について紹介しました。次に、林木育種の歴史について触れ、1950年代から国策として林木育種が本格的に開始され、精英樹の選抜からクローン増殖、採種穂園の造成、交配苗の育成と検定林の造成、検定林からの選抜という林木育種のサイクルが展開され、スギやヒノキでは第3世代精英樹の選抜に辿り着こうとしている状況であることについて解説しました。また、林木育種の課題として、品種開発に要する時間が長いことや、選抜にかかる労力の大きさについて触れ、早期選抜技術の確立による育種サイクルの短縮や、デジタル技術等の活用による形質評価の効率化などが近年実現してきたこと、さらに、遺伝子情報を活用したゲノム育種、ゲノム編集などの技術がスギなどの針葉樹でも利用可能となってきたことについて紹介しました。その他、コンテナ苗の生産手法の高度化などについても、林木育種分野の研究者が深く関わってきたことについて紹介させていただきました。皆様に、林木育種の有用性や形質の遺伝性に興味を持っていただけたのであれば、嬉しく思います。
袴田氏からは、28年にわたってご自身が関わってこられた、静岡県における具体的な研究成果の数々をご紹介いただくことを通して、林木育種が持つ可能性を示していただきました。まず、成長が優良な精英樹同士の交配苗やエリートツリー(第2世代以降の精英樹)由来の実生苗の植栽試験では、優れた初期成長により1年の下刈り短縮が実現可能であることを示すと共に、収穫期間の短縮なども期待できることを示していただきました。成長に関する改良は林業採算性の向上に、材質や通直性の改良は利用促進に貢献する可能性を秘めており、日本の林木育種はこれらの形質をターゲットにして進められてきました。袴田氏の事例紹介は、実際のデータとして林木育種の効果を実感でき、驚いた方も多かったのではないでしょうか?
2つ目の話題として、コンテナ苗の育苗技術開発についての成果をご紹介いただきました。コンテナ苗については、種子の播種時期を早めることによって、1年で(播種したその年に)静岡県の規格を満たす苗(林野庁の定める規格の5号苗相当)の出荷が実現可能となったことや、施肥の方法によってもコンテナ苗の成長を促進できることを実証し、その技術を普及してきたことについて紹介いただきました。その他、コンテナ苗の規格ごとの成長について検証したところ、植栽から3年後には規格間で苗高や根元径に有意差が無くなり、5号苗(樹高30cm以上、根元径3.5mm以上)でも樹高2mを上回る結果が得られたことを示されました。現在のコンテナ苗の普及は、このような研究の積み重ねの上に成り立ってきたと言えます。また、窒素施肥を少なくしたスギ苗で獣害が減少する場合があったことや、挿し木苗で被害が少ない傾向にあったことなど、興味深い事例研究も紹介されました。
3つ目の話題として、花粉症対策品種の開発成果をご紹介いただきました。静岡県では、東京都、神奈川県、富山県、森林総研林木育種センターと共同で、無花粉遺伝子をヘテロで有する2つの精英樹を交配させ、その子孫から成長と材質が対照系統以上の無花粉品種を4品種開発してきた実績があります。国民病とも言われる花粉症対策に貢献する、一つの可能性と言える成果でしょう。そのうち1品種(愛称:MU-FUN)の開発にあたっては、クラウドファンディングを活用した研究プロジェクトを立ち上げ、その先駆的な取り組みに関する貴重な体験談についても語っていただきました。
最後の話題として、マツ材線虫病抵抗性アカマツ及びクロマツの開発により、2022年度までに全国で両種合わせて合計590品種が開発されてきたことを紹介していただきました。さらに、実生苗の普及と合わせて、増産に向けた挿し木増殖技術を検討し、枝の採取部位の重要性や針葉長の長さに基づく挿し木発根量の推定技術を確立してこられたことについても紹介していただきました。マツノザイセンチュウ病の薬剤防除は、毎年多額のコストを必要とします。もし、病害抵抗性の高い苗木を広く普及できたならば、将来的に防除コストを大幅に低減することが可能と期待され、このようなことも、林木育種が持つ一つの可能性といえるでしょう。
現在、林業用苗木の大半は育種種苗が普及されているものの、林木では農作物や果樹のように品種が意識されることはほとんどなく、同分野の各種の成果は、一般の方々にはあまり知られていないのが現状ではないかと思います。しかし、袴田氏から紹介いただいた静岡県での取り組みを見ていただいたことで、林木育種に関わる多くの研究成果が社会に還元されてきたことを実感いただけたのではないでしょうか?特に袴田氏の研究成果は苗木生産や林業の現場に役立つ知見ばかりであり、質疑においても具体的な技術についての質問や、今後の品種開発に向けた質問を複数いただきました。一方で、質問の一つとしていただいた、生物多様性における遺伝的多様性の保存戦略への考えについては、理論研究や現場担当者の考えでの配慮がなされてはいるものの、体系化に至っていないと言えるでしょう。生態系の保全なども含め、林木育種の成果物をどのように管理し、広く活用していくべきかを示すための研究や、数々の実証研究から導かれた興味深い現象の原理を追求し、それに基づく応用技術を示していくこと等は、大学や森林総合研究所のような研究機関が取り組むべき重要な研究課題になり得ると思っています。
最後になりますが、今回のセミナーを通して、一つの樹種でも実に多様な「個性(遺伝的な違い)」が存在するのだということに気がついていただき、育種を通して様々な改良がなされてきたことを知っていただくと共に、有用性や可能性を感じていただけたのであれば、嬉しく思います。長年にわたる多くの成果をご紹介いただいた袴田氏にお礼を申し上げるとともに、ご参加いただいた皆様に改めて感謝申し上げます。
花岡 創(静岡大学農学部)